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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)170号 判決

東京都武蔵野市御殿山一丁目一四番八号

原告

蓮田秀明

右訴訟代理人弁護士

鈴木栄二郎

東京都港区高輪三丁目一三番二二号

被告

品川税務署長 須藤孝一

右指定代理人

高木和哉

信太勲

近江紳二

石倉正光

山本善春

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告の平成元年分の所得税につき平成三年一月三一日付けでした更正及び重加算税賦課決定(ただし、平成五年二月二六日付けの国税不服審判所長の裁決により、過少申告加算税相当額を超える部分を取り消した後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実等(別表一参照)

1  原告は、平成二年三月二日、原告の平成元年分の所得税につき、分離長期譲渡所得の金額を〇円とし、納付すべき税額を〇円とする確定申告をした。

被告は、これに対し、平成三年一月三一日、総所得金額(雑所得の金額)を一億一四一六万八一六八円、分離長期譲渡所得の金額を七億五八四〇万一〇円、分離短期譲渡所得の金額を〇円、納付すべき税額を二億四〇六〇万九〇〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)及び重加算税八四二一万円の賦課決定処分をした。

2  原告は、これを不服として、平成三年三月三〇日、被告に対して、異議申立てをしたが、被告は、同年六月二八日に異議申立てを棄却する旨の決定をした。さらに、原告は、同年七月二九日、国税不服審判所長に対して、審査請求をしたところ、同所長は、平成五年二月二六日、本件更正に対する審査請求を棄却し、重加算税の賦課決定処分のうち、過少申告加算税相当額である三六〇六万五〇〇〇円を超える部分の金額を取り消す旨の裁決をした(以下、右裁決による取消後のものを「本件賦課決定」という。)。

二  本件更正及び賦課決定の課税根拠についての被告の主張

1  本件更正の根拠

(一) 総所得金額(雑所得金額) 一億三三二五万七〇二五円

なお、右金額は、原告名義の商品先物取引における損益一億一四一六万八一六八円(別表二の合計(1)欄参照、右金額は本件更正における雑所得金額と同額である。)に、松隈忠明(以下「松隈」という。)名義の商品先物取引における損益一九〇八万八八五七円を加算した金額であり、その内訳は次のとおりである(なお、右商品先物取引の当事者が原告であるか否かの点を除き、その総収入金額、必要経費及び差引所得金額の点は、当事者間に争いがない。)。

(1) 総収入金額 二億四三〇九万円

右金額は、原告が原告名義及び松隈名義で行った商品先物取引に係る平成元年中の売買差益金の合計金額である(別表二の売買差損益金欄参照、なお、同表記載に係る商品先物取引を以下「本件先物取引」という。)。

(2) 必要経費 一億九八三万二九七五円

右金額は、原告が本件先物取引に関して商品先物の売買委託会社であるフジフューチャーズ株式会社(旧商号富士商品株式会社、以下「フジフューチャーズ」という。)に対して支払った委託手数料及び右委託手数料に対する消費税並びに商品先物取引について課税された取引所税の合計額である(別表二の委託手数料欄、消費税欄及び取引所税欄参照)。

(3) 差引所得金額 一億三三二五万七〇二五円

右金額は、右(1)の総収入金額から(2)の必要経費の金額を控除した残額である。

(二) 分離課税の短期譲渡所得の金額 〇円

(1) 収入金額 八六五〇万円

右金額は、原告が、平成元年一月一一日、別表三記載の品川区南大井五丁目に所在する各不動産(以下「本件不動産」という。)のうち、同表の譲渡区分「短期」欄記載の借地権付建物を帝人殖産株式会社(以下「帝人殖産」という。)に譲渡した金額である(なお、同表の家屋番号二一番一八の二の建物は、昭和五八年七月八日に焼失しており、右譲渡した借地権付建物には含まれていない。以下、右二一番一八の二の建物を除いた借地権付建物を「本件借地権付建物」という。)

原告は、帝人殖産に対し、平成元年一月一一日、本件不動産を代金額合計一〇億五三〇〇万円で譲渡したものであり、このうち借地権付建物の譲渡代金は八六五〇万円である(原告が本件不動産を譲渡の対象としたこと及び本件借地権付建物が短期譲渡所得の対象となることは当事者間に争いがない。)。

(2) 取得費 八六五〇万円

右金額は、原告が本件借地権付建物等を取得するために支出した立退料及び帝人殖産に対する業務委託料の合計金額である。すなわち、原告は、前記の家屋番号二一番一八の二の建物が焼失した際、その所有者であった今野マキに対して立退料一五〇万円を支払い、その後、昭和六二年一一月一八日に別表三の家屋番号二一番一八の五の借地権付建物を佐藤桂一から一五〇〇万円で取得した。また、原告は、同表の家屋番号二一番一八の六及び二一番一八の七の借地権付建物の取得費として、帝人殖産に対して七〇〇〇万円の業務委託料を支払った。なお、右業務委託料は、平成元年一月一一日に本件不動産の売買代金と相殺されている(原告が借地権付建物等を取得するための取得費八六五〇万円を負担したことは、当事者間に争いがない。)。

(3) 差引所得金額 〇円

右金額は、右(1)の収入金額から(2)の取得費を控除した残額である。

(三) 分離課税の長期譲渡所得の金額 七億八三五七万五〇〇〇円

(1) 収入金額 九億六六五〇万円

右金額は、本件不動産の帝人殖産に対する譲渡代金額一〇億五三〇〇万円から、前記(二)(1)の短期譲渡所得収入金額八六五〇万円を控除した金額である。

(2) 本件不動産の譲渡に関し、所得税法六四条二項(資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の計算の特例)を適用し得る金額 一億三三六〇万円

右金額は、原告が日本分譲信販株式会社(以下「日本分譲信販」という。)のための保証債務の履行として、昭和六二年七月八日、本件不動産の譲渡代金の手付金から東京信用金庫本店に支払われた金額であり、原告が日本分譲信販に対して取得した求償権は、行使できる状態でなかったから、所得税法六四条二項が適用される(この点は当事者間に争いがない。)。

(3) 取得費の金額 四八三二万五〇〇〇円

右金額は、概算取得費控除(平成三年法律第一六号による改正前の租税特別措置法三一条の五)を適用して計算した金額、すなわち、右(1)の収入金額九億六六五〇万円の一〇〇分の五に相当する金額である(この点は当事者間に争いがない。)。

(4) 特別控除の金額 一〇〇万円

右金額は、長期譲渡所得の特別控除額(租税特別措置法三一条四項)である(この点は当事者間に争いがない。)。

(5) 差引所得金額 七億八三五七万五〇〇〇円

右金額は、右(1)の収入金額から(2)ないし(4)の金額を控除した残額である。

2  本件更正の適法性

被告が本訴において主張する原告の総所得金額並びに分離課税の短期譲渡所得の金額及び長期譲渡所得の金額は、前記1のとおり、

総所得金額(雑所得の金額) 一億三三二五万七〇二五円

分離課税の短期譲渡所得の金額 〇円

分離課税の長期譲渡所得の金額 七億八三五七万五〇〇〇円

であるところ、本件更正における右各金額は、

総所得金額(雑所得の金額) 一億一四一六万八一六八円

分離課税の短期譲渡所得の金額 〇円

分離課税の長期譲渡所得の金額 七億五八四〇万一円

であり、いずれも被告の主張する金額の範囲内であるから、本件更正は適法である。

3  本件賦課決定の適法性

原告は、平成元年分の所得税に係る雑所得(総所得)金額について申告せず、分離課税の長期譲渡所得の金額は〇円であるとして、所得税の申告を過少に行っていたところ、国税通則法六五条一項に基づき、本件更正により、原告が納付すべきこととなった所得税額二億四〇六〇万円(同法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じた二四〇六万円に、同法六五条二項に基づき、右納付すべきこととなった所得税額のうち五〇万円を超える部分二億四〇一〇万円に一〇〇分の五の割合を乗じた一二〇〇万五〇〇〇円を加算した金額は三六〇六万五〇〇〇円である。本件賦課決定に係る加算税の金額は右金額と同額であるから、本件賦課決定は適法である。

三  争点

原告は、本訴において、雑所得分については、本件先物取引の当事者は原告ではなく、アロマ珈琲株式会社(以下「アロマ珈琲」という。)であり、原告に右雑所得は生じていない旨、本件不動産の譲渡に係る所得分については、本件不動産は帝人殖産ではなく、日本分譲信販に売却したものである旨、また、その売買代金額は、九億八三〇〇万円である旨、所得税法六四条二項の適用を受ける保証債務の履行額は、八億六五〇九万三〇〇〇円である旨、本件不動産の所有権移転登記手続につき原告が負担した費用四九〇万七〇〇〇円は、本件不動産の譲渡に係る費用である旨それぞれ主張しており、本件の争点及びこれに関する当事者双方の要旨は、以下のとおりである。

1  本件先物取引の当事者について

(一) 被告の主張

(1) 本件先物取引のうち、別表二の委託者名欄に「蓮田秀明」と記載された分(以下「原告名義分取引」という。)については、その売買委託会社であるフジフューチャーズに対する承諾書及び通知書等はすべて原告名義で作成されており、フジフューチャーズも取引の当事者を原告と考えてそのような書面を作成していること、その取引に要する委託証拠金の資金手当が原告において行われていることからして、その取引の当事者は原告であり、その所得は原告に帰属するものである

(2) 本件先物取引のうち、別表二の委託者名欄に「松隈忠明」と記載された分(以下「松隈名義分取引」という。)については、フジフューチャーズの外務員である本間邦芳(以下「本間」という。)が、原告に対して松隈名義で取引を行うように勧めたため、原告が松隈名義で取引を行っていたものであり、その委託証拠金の資金手当も原告において行われていたものであるから、その取引の当事者も原告であり、その所得は原告に帰属するものである。

(二) 原告の主張

本件先物取引の当事者は、原告が代表取締役をしているアロマ珈琲であり、原告ではない。すなわち、本件先物取引に投じられた資金はその大部分がアロマ珈琲の自己資金ないし借入金であり、原告はもとよりフジフューチャーズの取引担当者も本件先物取引の当事者はアロマ珈琲であると認識していたものであるし、現に、アロマ珈琲は、同者の税金申告手続においても、その損益計算書に商品売買損失金、商品売買収入として計上しているのである。

また、松隈名義の取引は、右アロマ珈琲の取引につき、フジフューチャーズの担当者である本間が取引限度額を超える部分について名義人を用意するとの申出をしたため、名義の借用を一任したものであり、いずれにしても、アロマ珈琲が取引の当事者である。

2  本件不動産の売買当事者及び売買価額について

(一) 被告の主張

(1) 原告を売主、帝人殖産を買主とする昭和六二年一〇月七日付け停止条件付不動産売買契約(以下「原契約」という。)書には、原告が原告の責任と負担において借地権や抵当権等その他形式のいかんを問わず買主の権利の完全な行使を阻害する負担を除去するという条件等を成就させたとき、本件不動産が一〇億四二六〇万円で売買される旨及び原告が右停止条件を成就させるための業務を七〇〇〇万円の範囲内で帝人殖産等に委託することができる旨記載されている。原告、日本分譲信販及び帝人殖産の三者による昭和六三年一二月二七日付け合意書(以下「本件合意書」という。)には、本件不動産をいったん日本分譲信販を経由して帝人殖産に譲渡することとして、原契約書に記載されている売主を原告から日本分譲信販に変更すること及び本件不動産の売買価額を一〇億四二六〇万円とすることが記載され、平成元年一月一一日付け不動産売買契約書(以下「本件契約書」という。)には、本件不動産の売主を日本分譲信販、買主を帝人殖産、売買価額を九億七二六〇万円とすることが記載されているが、右売買価額は、原契約の売買代金額から七〇〇〇万円を控除した後の金額であり、帝人殖産あての原告及び日本分譲信販の連名の同日付け差入書には、売買契約当事者の変更は、日本分譲信販及び原告の都合によるものである旨記載されている。売主を日本分譲信販、買主を帝人殖産とする同年三月二三日付け不動産売買変更契約証書(以下「本件変更契約書」という。)には、本件不動産の売買価額を本件契約書の売買価額より一〇四〇万円増額する旨記載されている。

(2) 日本分譲信販は、原契約締結以前に銀行取引停止処分を受け事実上倒産している法人であり、日本分譲信販には、本件不動産の取引に介在することによる利益が存せず、また、本件不動産の買主である帝人殖産も、日本分譲信販の実態について何の知識も有しておらず、本件不動産を取得できれば、売主が誰でも構わないということで、日本分譲信販を経由させたいとの原告の申出を受け入れたものであるから、本件不動産の売買契約当事者は原告と帝人殖産であるというべきである。

(3) また、本件不動産の売買価額は、原契約書に記載された一〇億四二六〇万円に本件変更契約書により増額された一〇四〇万円を加えた一〇億五三〇〇万円であり、現に、右金額は、帝人殖産が全額決済している。

(二) 原告の主張

(1) 本件不動産は、原告から日本分譲信販にいったん売却された後、日本分譲信販から帝人殖産に売却されたものであり、原告から本件不動産を取得した売買契約当事者は日本分譲信販である。

(2) 仮に、帝人殖産への本件不動産の売主が原告であるとしても、その売買価額は、本件契約書記載の九億七二六〇円に本件変更契約書により増額された一〇四〇万円を加えた九億八三〇〇万円である。原契約は、破棄されたものであり、帝人殖産が道路に不備があるとして原契約書記載の売買代金を本件契約書記載の金額に減額したものである。

なお、借地権者の立退き等のために要した立退料七〇〇〇万円は、本件不動産の売買代金とは別途精算されたものである。

3  保証債務の履行額について

(一) 被告の主張

原告は、日本分譲信販のための保証債務の履行として、合計八億六五〇九万三〇〇〇円の債務を弁済しており、日本分譲信販に対する求償権の行使ができないから、右金額につき所得税法六四条二項の適用を受ける旨主張するが、同法六四条二項を適用し得る金額は、昭和六二年七月八日に東京信用金庫本店に支払われた一億三三六〇万円だけであり、その余の金額については、同項の適用はできない。

(二) 原告の主張

原告が、日本分譲信販のための保証債務の履行として、その債務者に債務を弁済し、回収が不能になった金額は合計八億六五〇九万三〇〇〇円である。

少なくとも、債権者小田政志(以下「小田」という。)に対する保証債務支払分一億五〇〇〇万円、債権者日本観光株式会社(以下「日本観光」という。)に対する保証債務支払分三億二〇〇〇万円は、証拠上も明らかである。

4  登記費用について

(一) 被告の主張

所得税法三三条三項に規定する資産の譲渡に要した費用とは、資産の譲渡に際して支出した仲介手数料、運搬費、登記又は登録に要する費用その他譲渡のために直接要した費用並びにその資産の譲渡価額を増加させるためその譲渡に際して支出する費用をいうところ、原告が本件不動産の譲渡費用に該当すると主張する登記費用四九〇万七〇〇〇円は、原告から日本分譲信販へ本件不動産の所有権移転登記をするための費用であり、前記のとおり、原告から日本分譲信販に対して本件不動産の譲渡がなされていない以上、右登記費用は、本件不動産の譲渡を実現するために直接要した費用と認めることができず、また、本件不動産の譲渡価額を増加させるために支出した費用とも認められない。したがって、右登記費用を本件不動産の譲渡価額から譲渡費用として差し引くことはできない。

(二) 原告の主張

本件不動産の売買に関する登記費用四九〇万七〇〇〇円は、売主である原告が負担したが、本来は買主である日本分譲信販が負担するのが取引の通例であり、右登記費用は、控除されるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記当事者間に争いのない事実に加え、証拠(原告本人尋問の結果、甲一一号証の一及び二、乙一号証の一ないし一〇、三号証、四号証、五号証の一ないし一二、六号証、七号証の一、一〇及び一一、九号証、一〇号証、一一号証の一ないし一七、一三号証の一ないし三、一四号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件先物取引のうち原告名義分取引については、フジフューチャーズに対して、昭和六一年七月二日付け承諾書及び通知書(乙三号証、以下「七月二日付け承諾書等」という。)並びに昭和六一年一一月一三日付け承諾書(乙四号証、以下「一一月一三日付け承諾書」という。)が差入れられているが、右各書面の署名は、住所としてアロマ珈琲の住所が記載され、氏名又は商号として「蓮田秀明」との原告個人名が記載され、その押印は、アロマ珈琲の社名等が入ったものではなく、一見して原告の個人印と思われる印鑑によってなされている。また、七月二日付け承諾書等の通知事項欄の氏名又は商号欄には「蓮田秀明」との原告個人名のみが記載され、その住所又は事務所所在地欄には、アロマ珈琲の住所が記載されている。なお、七月二日付け承諾書等の署名部分には、原告の個人名の上部で住所の記載に近い部分に「アロマ珈琲」との記載があり、通知事項欄の住所欄にも「アロマ珈琲」との記載がある。

フジフューチャーズは、毎月、往復葉書をもって、原告に建玉残高紹介の通知書を送付しているが、その返信用葉書による原告の回答(乙五号証の一ないし一二)には、原告個人名による署名押印がなされている。また、フジフューチャーズが原告に送付した残高照合書(甲一一号証の二)には、そのあて名として、アロマ珈琲の住所の記載の後に「アロマコーヒー(株)」との記載があり、その後に「蓮田秀明」との原告個人名が記載されている。そして、フジフューチャーズにおいて作成している委託者別先物取引勘定元帳(乙一号証の一ないし一〇)及び委託者別委託証拠金現在高帳(乙六号証、九号証)の委託者名欄には、いずれも原告個人名のみが記載されている。

平成元年三月三一日付けの委託証拠金現在高帳には、昭和六三年一二月二八日に委託証拠金として七五〇〇万円の入金があった旨記載されているが、右金員の支払には、本件不動産の譲渡代金の一部として、帝人殖産から同月二六日に原告に支払われた三和銀行東京営業部(以下「三和銀行」という。)発行の額面七五〇〇万円の自己あて小切手が充てられている。

また、平成二年三月三〇日付けの委託者別委託証拠金現在高帳には、委託証拠金として平成元年一〇月一一日に二七〇〇万円、同年一一月一〇日付で一三〇〇万円、同月一六日に四〇〇〇万円がそれぞれ入金された旨記載されているが、右各入金は、第一信用金庫本店営業部(以下「第一信金」という。)の原告名義の普通預金口座から支出されている。

(二) 本件先物取引のうちの松隈名義分取引については、商品先物取引の取引数量の制限の関係で、原告名義での新規建玉を行うことが困難となったため、フジフューチャーズの外務員である本間の勧めで、同人の友人である松隈の名義を借用して取引を行うこととしたものであり、松隈名義分取引に係る委託証拠金の預託や帳尻金の決済は原告が行っており、松隈名義の平成二年三月三〇日付けの委託者別委託証拠金現在高帳に記載されている平成元年一〇月一一日の一二〇〇万円、同年一一月一〇日付けの二七〇〇万円、同月一六日の一〇〇〇万円の各委託証拠金の入金は、第一信金の原告名義の普通預金口座から支出されている。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  前記認定のとおり、七月二日付け承諾書等及び一一月一三日付け承諾書の署名押印が原告個人名義でなされていること、フジフューチャーズも、その取引先を原告個人として取り扱っていること、松隈名義分取引は、原告の商品先物取引の取引数量の制限の関係で松隈名義を借用したにすぎないものであること、本件先物取引の委託証拠金を原告が負担していることが明らかなものがあること等からすれば、本件先物取引の当事者は、原告であるというべきである。

これに対し、原告は、本件先物取引の当事者は、アロマ珈琲である旨主張し、七月二日付け承諾書等からもその点は明らかである旨主張する。確かに、前記認定のとおり、七月二日付け承諾書等には、アロマ珈琲の住所が記載され、その署名部分上部にも「アロマ珈琲」との記載があるが、右住所の記載は、郵便物等の郵送先や連絡先を示すものとして記載されたにすぎないともいえ、また、「アロマ珈琲」との記載も代表者表示等を何ら伴わないものであり、通知事項欄の氏名又は商号欄には原告個人名のみが記載され、「アロマ珈琲」との記載が住所欄にあることに照らせば、署名部分におけるアロマ珈琲の記載も住所欄に記載された住所がアロマ珈琲の住所であることを示すものとして記載されているともみることもでき、その押印にアロマ珈琲の会社印が用いられていないことからしても、右承諾書等においては、原告個人が表示されていると解するほかはない。原告本人尋問の結果中には、原告としてはあくまで取引の当事者はアロマ珈琲であると考えており、右承諾書等の記載は、フジフューチャーズの担当者がどちらでもよいとの趣旨のことをいったため、不明確な記載になったかのような供述部分があるが、右記載は、原告自身がなしたものであり、原告がアロマ珈琲が取引当事者であると考えていたのであれば、このような記載になるとは到底考えられず、右供述部分は信用できない。また、原告本人尋問の結果中には、フジフューチャーズからの通知等には、アロマ珈琲あてで出されているものが多い旨の供述部分があるが、原告がその一例として提出している甲一一号証の二の残高照合書をみても、前記認定のとおり、あて名自体は原告個人名義であり、その住所の記載に続けて「アロマコーヒー(株)」との記載があるだけで、代表者表示等も何らなされていないのであるから、これをもって、本件先物取引の当事者がアロマ珈琲であることを示すものということはできない。

また、原告は、フジフューチャーズの外務員である本間が作成した詫び状(甲二号証の一)及び預り証(甲二号証の二)の記載からも、本件先物取引の当事者がアロマ珈琲であることは明らかである旨主張する。甲二号証の一及び二によれば、確かに、右各書面のあて名としては、「アロマ珈琲株式会社社長蓮田秀明様」及び「アロマ珈琲株式会社代表取締役蓮田秀明様」との記載があることが認められるが、その作成日付けは、いずれも平成三年二月四日となっており、右各書面は、原告が被告の調査を受けて本件更正及び本件賦課決定がなされた後に作成されたものと認められるから、右各記載があることをもって、直ちに本件先物取引の当事者がアロマ珈琲であると認めることはできない。

さらに、原告は、アロマ珈琲がその税金申告手続においてもその損益計算書に商品売買損失金、商品売買収入しとて計上している旨主張する。甲七号証及び八号証によれば、アロマ珈琲の昭和六三年二月一日から平成元年一月三一日までの事業年度及び平成元年二月一日から平成二年一月三一日までの事業年度について作成されたものと思われる決算報告書中の損益計算書には、商品売買損失及び商品売買収入についての記載があるが、その貸借対照表には、資産勘定として計上されるべき委託保証金も計上されていないこと、また、甲一〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、右決算報告書をもってなされた税務申告が結局取り下げられていること、仮に、アロマ珈琲が何らかの商品先物取引を行っていたとしても、本陣先物取引の当事者であったか否かは右記載のみからは判然としないこと等に照らせば、右事実をもって、原告が本件先物取引の当事者であるという前記認定を覆すに足りないものといわざるを得ない。

したがって、本件先物取引の当事者は、アロマ珈琲であるとの原告の主張は理由がない。

二  争点2について

1  前記当事者間に争いのない事実に加え、証拠(原告本人尋問の結果、甲三号証、乙七号証の一ないし一九、八号の一ないし一五、一五ないし一七号証、一八号証の一ないし五、一九号証、二〇号証、二二号証、三号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告と帝人殖産との間では、昭和六二年の中ごろから、本件不動産の売買交渉が行われており、昭和六二年一〇月七日付けで、原告を売主、帝人殖産を買主とする原契約書が作成された。右契約書においては、その売買代金の価額は、一〇億四二六〇万円とされており、また、原告がその責任と負担において、本件不動産内に存する借地権を解除し、かつ、借地権者が立退き、地上建物を収去して更地とすること及び本件不動産内の私道を廃止すること(以下「本件停止条件」という。)等が停止条件とされ、原告が本件停止条件を成就させるための業務(以下「本件業務」という。)について負担すべき金額が七〇〇〇万円とされ、原告が本件業務を七〇〇〇万円の範囲内で帝人殖産名等に委託することができる旨記載されている。原契約書においては、帝人殖産が、売買代金のうち三億円を手付金及び内入金として、原告に対して支払うこととされているが、右三億円については、原告から手付金及び内入金を早く入れてほしい旨の要請があったことから、原契約締結前の昭和六二年七月八日に、三和銀行発行の自己あて小切手により、抵当権設定金銭消費貸借契約による貸付金の形で帝人殖産から原告に支払われ、原契約締結と同時に、右貸付金が手付金及び内入金の支払に充当されたものとして処理された。また、原契約によれば、右手付金及び内入金を除いた残額については、本件停止条件成就後に支払うこととされていたが、原告から商品先物取引の資金が必要であり、中間金を払ってほしい旨の要請があったことから、同年一二月二日付けの変更契約書が作成され、同日振出日付の三和銀行発行の自己あて小切手により、帝人殖産から原告に中間金として三億五〇〇〇万円が支払われている。

(二) ところが、その後、原告から、税金の問題があるため、日本分譲信販を間に入れる必要があるので、本件不動産の売買契約の当事者を原告から日本分譲信販に変更してほしいとの要請がなされた。日本分譲信販は、原告が代表取締役となっている会社であるが、昭和五五年一〇月に銀行取引停止処分を受け、事実上倒産している。

帝人殖産では、日本分譲信販が原告を代表取締役とする会社であること以外は知らなかったが、本件不動産を取得できれば、売主は誰でもよいと考えていたため、これに応ずることとし、昭和六三年一二月二七日付けで本件合意書が作成された。本件合意書には、原契約に記載されている売主を原告から日本分譲信販に変更すること及び日本分譲信販の本件不動産の売買価額を原契約と同額の一〇億四二六〇万円とすることが記載されている。また、右合意書には、売買代金のうち一億五〇〇〇万円を同日原告に貸し付けることとする旨記載されており、右金員は、同月二六日を振出日付とする三和銀行発行の額面七五〇〇万円の自己あて小切手二通により原告に支払われた。

また、本件不動産内には、本件借地権付建物に係る借地権者三名がいたが、そのうち二名の立退きのための業務は帝人殖産が行い、うち一名の立退きのための業務は原告自身が行った。昭和六三年暮れころには、右借地権者の立退きは、ほぼ終了したが、帝人殖産が立退きのための費用として七〇〇〇万円を上回る金額を負担したこと、原告自身が一名分の立退業務を行ったことなどから、原告が帝人殖産に支払うべき本件業務の委託費の金額につき、原告と帝人殖産の間でもめたことがあったが、結局、本件不動産売買代金から差し引かれるべき本件業務の委託費は、原契約どおりの七〇〇〇万円とすることで決着した。

そして、平成元年一月一一日付けで、本件不動産の売主を日本分譲信販、買主を帝人殖産とする本件契約書が作成されたが、その際、本件業務の委託費用の点につき、今後争いが生じないようにする趣旨で、本件不動産の売買代金一〇億四二六〇万円から右委託費用の七〇〇〇万円を差し引いた九億七二六〇万円が売買価額として記載された。その際に、帝人殖産に対して差し入れられた原告及び日本分譲信販の差入書には、売買契約当事者の変更は、日本分譲信販及び原告の都合によるものであり、今後の取引の安全を保証するとともに、帝人殖産には一切迷惑をかけない旨が記載されている。なお、原告と日本分譲信販との間の同月四日付けの土地建物売買契約書においては、本件不動産の売主を原告、買主を日本分譲信販とし、その売買代金を九億七二六〇万円をとする旨、日本分譲信販と原告との間では、金員の授受を行わない旨が記載されている。

平成元年三月一日には、本件不動産の売買代金の残代金一億七二六〇万円から、帝人殖産が建て替えた本件不動産の所有権移転登記手続に要した登記費用四九〇万七〇〇〇円を除いた一億六七六九万三〇〇〇円が、三和銀行発行の額面一億円と額面六七六九万三〇〇〇円の自己あて小切手二通により、帝人殖産から原告に支払われている。

(三) 本件不動産の中には、原告の税金の滞納による差押処分等がなされているものがあり、原契約書及び本契約書のいずれにおいても、これを原告の責任で除去することとされていたが、原告が、本件不動産の売買代金は商品先物取引の資金に充てたので、右滞納税金を納付する資金がないとして、売買代金支払後も、右差押え等の除去を行わないため、帝人殖産としては、原告と争っても時間と費用を要するばかりで、金利負担が大きくなってしまうため、本件不動産の売買価額を原告の滞納額分である一〇四〇万円増額し、右増額分で原告に右差押え等の除去をさせることとし、平成元年三月二三日付けで本件変更契約書を作成し、同日振出日付の三和銀行発行の自己あて小切手により原告に対し一〇四〇万円を支払った。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  前記認定のとおり、日本分譲信販は、事実上倒産している営業実態のない会社であり、本件不動産の売買に関与することによって何らの利益も生じるものではないこと、日本分譲信販を介在させることは、専ら原告の税金対策等の都合があるとする原告の要望によるものであり、(原告本人尋問の結果によれば、この点は原告も自認するところである。)、帝人殖産も日本分譲信販については原告が代表取締役となっている会社であるという以外は何らの知識もなく、本件不動産が取得できれば売主が誰でも構わないということで、原告の要望を受け入れたものであること、原告と日本分譲信販との間では何ら金員の授受がなされていないこと等からすれば、日本分譲信販は、形式的に本件不動産の売買に介在させられたものにすぎず、本件不動産の売買取引は、原告と帝人殖産との間で行われたものであることは明らかである。

また、前記認定のとおり、本件不動産の売買価額は、原契約書において一〇億四二六〇万円とされ、本件変更契約書により一〇四〇万円増額されており、右合計一〇億五三〇〇万円は原告と帝人殖産との間で全額決済されているのであるから、本件不動産の売買価額は、一〇億五三〇〇万円であると認められる。

原告は、本件不動産の売買価額は、本件契約書に記載された九億七二六〇万円に本件変更契約書により増額された一〇四〇万円を加えた九億八三〇〇万円である旨主張するが、前記認定によれば、本件契約書に記載された九億七二六〇万円は、本件不動産の売買価額である一〇億四二六〇万円から本件業務の委託費として原告が帝人殖産に支払うべき七〇〇〇万円を相殺決済した後の金額を記載したものというべきであるから、右金額を基に本件不動産の売買価額を算出することはできないことは明らかである。原告は、本件不動産の売買価額は、原契約における一〇億四二六〇万円から道路に不備があるとして九億七二六〇万円に減額されたものであり、本件業務の委託費として支払うべき七〇〇〇万円は、別途清算されている旨主張し、原告本人尋問の結果中には、本件不動産内の道路部分が使用できないために売買価額が減額された旨、本件業務の委託費七〇〇〇万円は、売買代金と相殺したか現実に支払ったかははっきりしないが、払ったことは確かである旨の供述部分がある。しかしながら、右供述部分自体極めて曖昧なものであり、前記認定事実に照らして、直ちに信用し難く、また、本件業務の委託費七〇〇〇万円が別途原告から帝人殖産に支払われたことをうかがわせるような証拠はない(なお、甲一七号証、乙七号証の一、一八及び一九、八号証の一並びに一八号証の一によれば、平成元年六月一二日、日本分譲信販ないし原告と帝人殖産との間で、千葉県山武郡山武町所在の山林の売買契約が締結されていることがうかがわれるが、一方、その売買代金の価額は五〇〇〇万円とされており、右代金は、別途、帝人殖産から原告に対し、同日振出日付の三和銀行発行の自己あて小切手により支払われているから、右土地の売買に関係して、本件業務の委託費の計算がなされたともいえないことは明らかである。)から、原告の右主張は到底採用できない。

三  争点3について

原告は、本件不動産の売買代金のうち、合計八億六五〇九万三〇〇〇円については、日本分譲信販のための保証債務の履行として、その債務者に債務を弁済し、回収が不能になったものであり、所得税法六四条二項が適用される旨主張する。

しかしながら、日本分譲信販の保証債務の履行があったといい得る額は、当事者間に争いのない昭和六二年七月八日に東京信用金庫本店に支払われた一億三三六〇万円だけというべきであり、その余の金額については、本件更正時にはもちろん、本訴においても、日本分譲信販の保証債務の履行があったと認めるに足りるような資料等の提出はないから、その余の金額につき所得税法六四条二項の適用が認められないとした被告の認定に違法な点はないというべきである。

すなわち、原告の保証債務の履行額が、合計八億六五〇九万三〇〇〇円であることにつていは、その金額の根拠自体不明であり、これをうかがわせるような資料は全くない。また、原告は、少なくとも、小田に対する保証債務支払分一億五〇〇〇万円、日本観光に対する保証債務支払分三億二〇〇〇万円は明確である旨主張し、甲五号証の一ないし五によれば、原告から小田に対し、八三〇〇万円が送金されていることが認められ、甲四号証、六号証及び原告本人尋問の結果中には、原告の右主張にそう記載部分及び供述部分があるが、甲五号証の一ないし五の振込金受取書自体からは、右送金が日本分譲信販の保証債務の履行としてなされたものであるか否かは明らかではないこと、甲四号証、六号証は、原告の作成したメモにすぎず、仮に、原告が日本分譲信販の保証債務を負担し、その保証債務の履行として弁済を行ったのであれば、保証債務を負担したことが明らかとなる契約書やこれを履行したことが明らかとなる領収書等の書面が全く存在してないということは到底考え難いことからすれば、右記載部分及び供述部分は直ちには信用し難いものといわざるを得ない。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

四  争点4について

原告は、本件不動産の売買に関する登記費用四九〇万七〇〇〇円は、売主である原告が負担したが、本来は買主である日本分譲信販が負担するのが取引の通例であり、右登記費用は譲渡費用として控除されるべき旨主張するようであり、右主張からすれば、原告のいう登記費用は、原告から日本分譲信販への所有権移転登記手続に要した費用をいうものと解される(なお、前記二1認定のとおり、帝人殖産が立て替えて本件不動産の売買代金と相殺決済をした登記費用があるが、乙一五号証及び一七号証によれば、原契約書及び本件契約書のいずれにおいても、帝人殖産への所有権移転登記に要する費用は、帝人殖産が負担するものとされていることが認められ、これに照らせば、右立替えに係る登記費用は、原告から日本分譲信販への所有権移転登記に要した費用であることが推認される。)。

しかしながら、所得税法三三条三項に規定する資産の譲渡に要した費用とは、資産の譲渡に際して支出した仲介手数料、運搬費、登記又は登録に要する費用その他譲渡のために直接要した費用並びにその資産の譲渡価額を増加させるためその譲渡に際して支出する費用をいうところ、原告が本件不動産の譲渡費用に該当すると主張する登記費用四九〇万七〇〇〇円は、原告から日本分譲信販へ本件不動産の所有権移転登記をするための費用であり、前記二のとおり、原告から日本分譲信販に対して本件不動産の譲渡がされていない以上、右登記費用は、本件不動産の譲渡を実現するために直接要した費用と認めることができず、また、本件不動産の譲渡価額を増加させるために支出した費用とも認められないから、これを譲渡費用として本件不動産の譲渡価額から差し引くことはできないというべきである。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

五  結論

以上によれば、原告の平成元年分の所得税に係る雑所得金額並びに分離課税の短期譲渡所得の金額及び長期譲渡所得の金額は、被告主張額のとおりとなり、本件更正における右各金額は、その範囲内であるから、本件更正は適法であり、本件更正により原告が納付すべき税額に係る加算税の額は、本件賦課決定と同額となるから、本件賦課決定は適法である。

よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 裁判官 森田浩美)

別表一

平成元年分

〈省略〉

別表二・一

商品先物取引に係る損益の明細

〈省略〉

別表二・二

商品先物取引に係る損益の明細

〈省略〉

別表二・三

商品先物取引に係る損益の明細

〈省略〉

別表二・四

商品先物取引に係る損益の明細

〈省略〉

別表三

物件目録

〈省略〉

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